SoundtoysによるMICRO SHIFTを解説していきます。音を左右に拡げるというもので、モノ音源をステレオにすることができます。単にステレオに変化させるだけではなく、ステレオコーラス・エフェクトとしての魅力もあり、大手スタジオでも長年使われてきたヴィンテージ・ラック・エフェクタを再現したプラグインです。
モデル元はEventideによるH3000というマルチエフェクタ・ラックのいくつかのプリセットとAMS/Neve DMX 15-80 というディレイ兼ハーモナイザーです。H3000におけるピッチシフトを利用したステレオ化テクニックを主としてプラグイン化したのが、このMicro Shiftになります。つまり、ピッチをズラした音を左右に振り分けて、音の広がりと厚みを得る、という仕組み。
本プラグインには、音程のズレやタイミングのズレを調整するノブなど、いくつかのコントロールがありますが、基本的には3つのスタイルからひとつ選ぶというシンプルな操作になります。なので、音に合うモードを選んでさえしまえば、ほぼほぼセッティングは終了します。
逆にこのプラグインが持つ、音のキャラクターはほぼ固定されている、といっても過言ではないので、気に入らない方はごめんなさい、という感じです。
STYLE ONE
H3000の231番目のプリセットがモデル。限りなく音を近づけており、オリジナル機材のアナログ・サチュレーションも再現している。
STYLE TWO
同じくH3000の519番目のプリセットだが、ピッチシフトのアルゴリズムは別。周波数特性などStyleⅠとは異なるサウンドになっている。
STYLE THREE
AMS/Neveによる別の機材、DMX15-80の特製のセッティングを再現。より幅広いディレイ幅を持ち、H3000とは異なるサチューレーション・サウンドを持つ。
ステレオの仕組み
我々が日々接しているオーディオ・システムはステレオです。テレビも基本ステレオですし、ヘッドフォンもステレオです。スピーカーが2本、左右にあって、横の広がりを表現できる音響システムです。
ステレオにおいて、重要なパート、つまりボーカルは大抵真ん中にありますが、それは二つのスピーカーから同じ音が出ていることで、真ん中から音が出ているように人間の耳には聴こえる、という錯覚を利用しています。
つまり、ステレオとは左右のステレオから出る音量バランスによって、左真ん中右のどこに音を置くか、という定位を実現する技術になります。だから、もし、片方のスピーカが壊れて音が出なくなったら、その瞬間ボーカルは真ん中ではなく、左右のどちらかから聞こえるようになります。
そういう実際には真ん中にスピーカーがないことを評して、ファンタム・センター(Phantom Center)とも言われます。
なので、逆に左右に広げて、よりステレオ感を強調したいときは、似ているけど音程やタイミングが違う音を左右に振り分ければよいことになります。この現象を利用したのが、RolandのDimension Dをはじめとする、音に深みと広がりを与えるシフト系エフェクタです。(Shiftとはつまり、ズラすということ)
定位を滲ませる
左右、ステレオのどこに音を置くかをパンニング(Panning)と呼び、左右の内どこにあるか、はっきり聞き取れることを定位感が良い、と言ったりします。
しかし、どこにあるかはっきりし過ぎても良くない場合があります。現実の空間においては、音は部屋に放たれると壁に反射したり、減衰したりなどして耳に届きます。しかし、レコーディングされる音はオンマイクで録られるので、はっきり聞こえます。もちろんリアルであればいいわけでもなく、サウンド的にそれがよい場合もあります。
ミックスとしても、あまりにはっきりしすぎる音はツマラナイ音になってしまうということです。単に録音した音をたれ流しても、ミックス上の仮想空間における、ある地点からは聞こえてくるようなサウンドにはなりません。多少曖昧な方が、音楽的に良く聴こえます。
このMicro Shiftでは単に左右に拡げるだけではなく、良い意味で音の定位感を揺らめかせる、という使い方ができます。MIXノブを使うか、AUXエフェクタとして使うことで実現可能です。
各パラメータについて
それでは左から右へと、各パラメータを解説していきます。
MIX
原音と左右に広げた音のバランスを調整します。完全に左右に拡げたい場合は100%で、モノトラックにほのかに広がり感を与えたい場合などは、原音大目でバランスをとると良いかもしれません。
FOCUS
あまりに低音が左右に広がると、ミックスに良くない影響を与えます。特にダンスミュージック系は、低音はほぼモノ状態にした方が良いようです。フォーカスで設定された周波数より上が左右に拡げられます。
STYLE
この三つのモードから選ぶことになります。数字が増すごとに、広がりと深みは増してゆきます。さっぱりしたい時はⅠを、より派手に行きたい時はⅢをという気分次第の選択でいいと思います。
DETUNE
音程のズレです。原音よりも音程をずらすことで、違いを増幅させます。ただし、ずれすぎても、ルーズな感じになり、音がごちゃごちゃしてしまう時があるので、ケースによりけりです。
DELAY
次はタイミングのズレです。発音を後ろにずらす事で違いを強調します。つまり、名前通り、『遅れ』に関するコントロールです。これの調整も状況や楽器によります。
使い道について
何でもかんでも、左右に拡げてしまうとミックスも破綻してしまうし、音に特徴があるので、一曲の中では使うトラックを厳選した方がいいかもしれません。しかし、使い道としては何にでも使えます。アコギ、エレキギター、シンセ、バックコーラス、はたまたドラムやパーカッションになど。
モノをステレオにする、音にわずかな広がりを与える、ステレオコーラスとして使うという主な使い方に分類できます。
ボーカルに掛ける
ボーカルというのは当然一人であるなら、モノ音源です。特にボーカルですと、きちんと真ん中にあることが重要ですが、あまりにモノ過ぎるとミックスの中で浮きますし、寂しい感じになります。それを防ぐために、ディレイやリバーヴなどのエフェクトを掛けるわけですが、このMicro shiftを掛けるのも良いということです。
特に左右に振る、という演出でない場合は、Mixなどでほのかに左右の音を加えるということで、ボーカルサウンドに広がりが与えられます。