トランジェントはミックスにおいて大事な要素であり、トランジェント調整を目的とする専用プラグインがいくつもあります。しかし、そもそもトランジェントとはなんでしょうか?
オーディオ用語としてのトランジェントもありますが、ここでのトランジェントは音楽制作やミックスにおける音、サウンドに関わる内容になります。
トランジェントとは音の輪郭を形作り、一瞬の存在ながら
聴覚やミックスにおいて重要な音成分
一般的に、その真の重要性はあまり認知されていないようです。本記事では、その意味や基本、なぜ重要なのかを明らかにしていきます。
“アタック”とは違う
エンヴェロープ・カーブとはあくまで、音量の時間的変化を表したものです。エンヴェロープを使って、音色の時間的変化も表現しますし、音の特性を表すものですが、根本的にトランジェントとは無関係です。アタックとトランジェントは別になります!
ただし、タイミング的には、アタック部分で発生しています。その楽器を弾いて発音の瞬間に発生する、一種のノイズ成分こそトランジェントです。
トランジェントの役割
トランジェントの一番の役割は、音の輪郭です。
非常に短い時間で、しかも音程を持つ音ではありませんが、人間の聴覚上においては非常に重要ですし、その楽器の音を特徴付ける要素でもあります。
“Transients plays a huge role in defining natural sounds for our ear, for example with a bowed string With layered sounds that have no attack, there are no transients. The more percussive sound is , the greater the importance of the transients. “
Friedemann Tischmeyer “Internal Mixing” ( www.proworkshops.de ) 136p
“トランジェントは私達の聴覚上において、自然なサウンドを知覚する上で非常に重要な役割を果たします。例えば、弓弾きの重ねられた弦楽器のスローアタックによるサウンドにはトランジェントはありません。パーカッシヴな音であるほど、トランジェントの重要性は大きくなります。”
(翻訳終わり)
バイオリンであっても、強く弾けば弦と弓の擦れる音がトランジェントになり得ます。ピチカート奏法では明らかにトランジエントが発生します。同じ楽器でも、弾き方によって変わりうるということです。
わかりやすい例で言えば、エレキギターの実際の音程を持っているのはもちろん弦の振動です。しかし、ピックで弾いた時のカツッという音こそがトランジエントであり、このカツッという音があってこそ、エレキギターはエレキギターらしい音でいられるわけです。
つまり、ひとつの楽器であっても、様々な音が組み合わさっているわけですが、その1つにトランジエントも含まれています。
スネアドラムで言えば、皮とスティックの触れたバチッという音、スネア全体が鳴るボンッ(コンッ)という音、そして裏に張られたバネ、スナッピによるザザッという音。これらが組み合わさって、初めてスネアらしい音になっているわけです。
ここではバチッという音がトランジェントになります。この音がなければ、スネアの音は締まりのないものになってしまいます。
多すぎてもダメ
トランジェント自体は、非常に瞬間的で音量的にも弱い存在ですが、現代のレコーディング、すなわちデジタルであり、オンマイク(マイクを近くセットする)での録音だと、逆にトランジエントが強く、大きく録れすぎてしまう場合があります。これは大きな問題です。
つまり、大きすぎると耳に痛い音になってしまいます。デジタル録音の弱点はここで、逆にアナログ録音がなぜ良いといわれるのかというと、実はアナログテープがトランジェント成分を弱めてくれるから、という説もあります。
デジタルはクリアすぎてダメだ!音を鮮明に録りすぎてしまうからダメだ!みたい言説の真相は、つまりトランジェントの扱いに大きな原因があり、デジタル技術自体が悪いわけでない、ということです。
つまり、デジタル・ミックスにおいては積極的にトランジェントを調整する必要があり、だからこそトランジェント系プラグインが存在しています。
ミックス上での取り扱い
というわけで、ミキシングにおいてトランジェントをどう扱うかが、ミックスのクオリティに実は直結します。これはあまり言われていないことかもしれませんが。
特に気をつけなければいけない点が二つあります。
- ミックスにおける、あるトラックの距離感
- コンプによる、トランジエントの喪失
少ないと音の輪郭がぼやける、多すぎると耳に痛い、ということを基本として、そこに上の二つの問題が加わります。それぞれ内容を確認していきます。
距離感を左右する
ミックスにおける距離感はどうやって生み出されるか?については記事を書いています。
記事の内容から抜粋すると、トランジェント成分によって、距離感の認識が左右され、距離が離れているのにトランジェントが強いと違和感をもたらす、というような内容です。
コンプによるダメージ
コンプレッサーによって、音が引っ込んでしまう、パンチ感がなくなるという諸問題は、実は速すぎるアタックによって、コンプでトランジェント成分を殺してしまっていることによります。音圧は上がったけど、なんだか音が引っ込んでしまったなぁ、という時はこれが主な原因です。
音の輪郭を担っているのだから、トランジェントが鳴りきる前にコンプが音量を下げてしまうと聞こえ方に大きな影響を与えます。もちろんコレを利用して、コンプでトランジェントを弱めたり、奥に引っ込めることも出来ます。
コンプレッサーを使う際には、常にトランジェントの存在を意識すべきです。
トランジェント系プラグイン
繊細で瞬間的、取り扱いがムズカシいからこそ、専用プラグインの出番です。
Sonnoxによる、TransModなどが有名です。トランジェントを狙って、弱めたり強めたりできます。例えば、ギターをライン録音して、アンプシミュで鳴らすという場合でも、アンプに通す前にトランジエントを弱めると上手くいったりします。ギターのライン録りこそトランジェント過多だからです。
Eventideによる、Physionはトランジェント系プラグインの新星として、最新技術が投入されています。トランジェント部分とTonal(実音)部分を自動的に分けて、それぞれプロセッシングできるというものです。
まとめ!デジタルサウンドの要
上にも書きましたが、デジタルサウンドの弱点はトランジェントによる部分が大きいと考えられます。それは一般的にマイクを音源に近づけて録音し、それによってトランジェントがその距離感のまま、過剰に録れてしまうからです。対策としては、例えば“マイクを離して録る”ことですが、これは現代の音楽、制作の状況からして現実的ではありません。(響きの良いスタジオで、可能ならオフマイクでの録音もひとつの選択肢です。)
なので、やはりトランジェント系プラグインを使ってコントロールすることの重要性は高くなります。
つまり、トランジェントを調整することで、まず耳に優しい音になるし、ミックスにおける距離感を最適に調整できるということです。もっとこの音を前に出したい!という時は、コンプに頼るのではなく、トランジェントを強めるのであれば、音全体への影響は少なく出来ます。
トランジェントを制するのが、最新デジタルサウンドを制するといっても過言ではないかもしれません。