自分で曲を作らない人でも、よく音楽を聴く人であるならば耳にするであろうマスタリングという言葉。まるで、音楽それ自体が劇的に変化するかのような魔法のような存在として、マスタリングが捉えられている面も否定できません。
音楽製作において、どう捉えるべきか。
マスタリングは何でも解決する魔法ではなく、
製品としての最終チェック工程である。
今回はそんなマスタリングという作業の実態について、簡単に説明していきます。立ち位置としては、実際に曲を作ったり、mixする立場から、マスタリングという最終工程をどう理解しておけばいいか、という視点で書いています。
Bob Katz氏によるオーディオマスタリングについてのテキストを訳しました!
そもそものマスタリングとは
そもそもはアナログレコーディング時代に遡ると、レコーディングされ、ミキシングされたテープレコーダーの音をレコード盤にプレスするための原型であるラッカー盤に変換する作業であり、変質しないように、かつ適切な音圧、音質にするための最終調整でした。
なので、工業的な性質を持ちます。音楽はアートであり、エンターテイメントなのでコンテンツですが、オーディオは電気的な工業製品です。電気信号を流通可能なメディアに変換するのがマスタリングであり、工業製品としての品質を保証する、という役割があります。それは現代でも変わっていません。
現代におけるマスタリング
現代においてはデジタルレコーディング、デジタルオーディオが主流ですので、基本的には、アルバム全体のラウドネス、音質、曲順、曲間などの調整が主になり、修正すべきすることがある場合を除けばほとんどいじらないこともあるようです。
制作においてはハイレゾ・フォーマットで行うことが当たり前になっているので、ハイレゾマスター音源からCDフォーマットへと変換するということもあります。
マスタリングに求められるもの
とにかく音を出す部屋、スタジオが大事で、大きな音を出していいことはもちろん、外の騒音が入ってこないこと、音響特性にくせがないなど音響に関して厳しい基準が求められます。
なので専用に設計されていることが前提で、個人でやるマスタリングはこうした点から見れば簡易マスタリングに過ぎないのだと思います。ただ音圧上げるだけなら、今の時代誰でも出来ますよ、上げるだけなら。
つまり、こうした音響特性が徹底的に整った部屋、スタジオを用意するというのは個人レベルでは、ほぼ不可能ですから、ちゃんとしたところに頼むのが、マスタリングの一番の肝なのだと思います。
機材は当然高いものばかりですが、レコーディングスタジオとの差はやはり部屋の設計ではないでしょうか。有名どころはスターリング・サウンド・スタジオですね。いってみたいっすね。(個人的願望)
マスタリングエンジニアの耳
耳が良いといえども、それは絶対音感があるとかそういうこととは別です。オーディオとしてどうか、音楽的状況判断をするための耳の良さがあるということになります。
この音楽にはどの程度の音圧、あるいは音質がふさわしいのか?という決断が求められ、かつプロはすばやい作業が求められるようです。
あらゆる環境で。理想と現実
音楽を聞く環境は様々ですし、使用する機器も多様になっています。通勤通学途中にイヤフォン、自宅のでコンポ、クラブ、映画館など多様な環境において、聞こえ方、音が変わるのは当然です。
しかし、あらゆる環境で聞くに堪えうるオーディオとしての品質を確保するのが、マスタリングです。とは言うものの現実的には、ターゲットに沿ったマスタリングというのも求められるわけです。
リスナー層に合わせる
例えば音圧の話、最終的なCDやオーディオとして、ちょうどよい音圧にするわけですが例えば、スタジオで使われているようなスピーカーと一般の消費者の使っているスピーカーの性能は当然違い、多くのリスナーはいっても5万以下3万以下のスピーカーやアンプを使用していることがほとんどです。
となるとその音楽の主たるリスナーの環境を想定した調整が現実的には求められます。例えば十代の若者が聞くような音楽は、今ではケイタイ、スマートフォンで安いイヤフォンで聞くということがほとんどでしょう。
となるとそうした再生機の能力はけして高くないので、マスタリング時に音圧を高めに上げておくことで、そうした再生機器の能力の影響の度合いを下げるようなマスタリングになることもあります。
逆に年齢層が高く、オーディオ機器にそれなりの金額をかけているような層が聞くような音楽に対しては、音圧をほどほどにして彼らの所有するスピーカーやアンプの能力を生かせるようなマスタリングに仕上げる、といった具合です。音圧が欲しければ、彼らがその良いアンプのボリュームを上げればいいわけですから。
いろいろな『良い音』がある
音質の話で言えば、ふさわしい音質はこれまたジャンルしだいですし、その調整は本来はミックス時点でするべきです。マスタリングにおいては、主に各曲同士の極端な差を無くすための調整といえます。
時期が違う、録音しているスタジオが違う。つまり機材なども違う。ということもあります。結局、音の好みなど十人十色ですので、ちょうどよいバランスをとることのできる絶妙のセンスが求められるのがマスタリングという作業なのだと思います。
まとめ!
とにかく強調したいことは、まずマスタリングは最終的な調整として、とても大事な作業だということ。リスナーへの音楽の伝わり方に重大な影響を与えます。どんなおいしい料理でも、しょぼい器に汚らしく盛り付けられてしまうとおいしそうには見えませんし、実際の味の受け取り方への悪影響もありえます。
しかしその反面、音楽そのものへは影響はありえません。マスタリングをしたからといって曲がよくなるわけでもないですし、当然コード進行が変わるわけがありません。演奏がよくなるわけもありません。なのでマスタリングで何とかしてもらう、というような考え方は避けるべきで「今すぐ直そう!」が基本です。作り手としてはあくまで最終調整と捉えるべきです。
リマスタリングについては、リマスタリングとは何か?をご参考ください。
【参考文献】
サウンド・クリエイターのための、最新版デジタル・オーディオの全知識
著 柿崎 景二 出版社 白夜書房
Mastering Audio -the art and the science-
著 Bob Katz 出版社 Focal Press