なぜイコライザーやコンプレッサーを使うのか?その必要性の根底にあるもの。

 

 イコライザーコンプはMixにおいて、無くてはならないエフェクタ(プロセッサー)であると同時に、使いすぎてはいけない、良くないもののように言われます。コンプに関しては、麻薬に例えられることすらあります。では、そもそも何故そんな悪いもの、音を捻じ曲げてしまうようなもの(だとして)を使わなければいけないのか?という根本的な疑問が出てきます。

 

なぜ使うのか?その理由とは・・・

オーディオの再生能力の限界。
マルチトラック録音の弊害。
ミックスにおける『いい音』に。

 

以下、詳しく説明していきます。

 ※総合的、かつ集大成的内容で長いですが、なぜミックスという作業が必要か?という本質的な部分について、ちゃんと文章化できたのかな、と思いますので、ぜひ!

 

イコライザーとコンプとは

 イコライザーは周波数(Frequency)を選択肢し、その音量を変えるもの。コンプレッサーは音量の強弱の幅を圧縮し、ゲインを上げることで音圧を得るためのものです。

 イコライザーは“Equal”(イコール)の名の通り、元々アナログ録音によって形質変化してしまう音を本来の楽器の音に近づける、元に戻すための機器でした。それが転じて、音質を変化させるための機材になったわけです。

 

 コンプは音量をそろえる、音圧(聴感上の音量)を稼ぐためのエフェクターです。音圧に関する競争は“ラウドネス・ウォー”と呼ばれますが、それはアナログオーディオ時代からありました。

 つまり、デカイ音=良い音というのが人間の聴覚心理上にあるので、デカイ音に聞こえるようにするために必要な道具となりました。

 

 やはり、どちらもオーディオ、ミックスの歴史において、必要だったからこそ生まれたモノであり、問題を解決するための道具だということは間違いありません。

 

何にでも副作用はある!

 どんな薬にも多かれ少なかれ副作用があるといいます。

 イコライザーで言えば、音は複数の波形が重なりあって構成されています。なので、その一部を動かすと波形が崩れ、位相が変化して音が変質してしまうという副作用があります。コンプレッサーで言えば、つぶしすぎると音が引っ込む、パンチ感(音のメリハリ、ぐらいの意味)が無くなる、というものがあります。

 これらはミックス上の注意点として強調されますし、多くの人はこれにビビリすぎて、掛けなさ無すぎて、使う意味が無いぐらいの効果しか得られず、その結果、音がショボイ・・・みたいなことになってしまいがちです。後で説明しますが”良い音”になれば、それでいいんです。

 

 さらに、最近は改善されているとはいえ、どんなプラグインでも使えば音に影響があります。だからなるべく使わない、少ない方が良いという風に言われます。場合によっては、録音そのものをし直した方が効果がある場合もあります。

 しかし、録音をきちんとしさえすれば使う必要はない!とまでいってしまうと言いすぎです。

 これから説明しますが、要は多くの問題に対抗するために各種プロセッサー、エフェクターはあります。使わないで済むなら、確かにその方がいいでしょう。

 ただし、使わなければいけないのなら、副作用があろうが使う!ということが基本になります。 じゃあ、なぜ使わなければいけないのか?という原因について探っていきたいと思います。

 

“良い音”もいろいろ!

 ”良い音”というものの解釈が問題になりますので、先にそこを押さえておきたいです。

 というのも、いろんな意味での”いい音”が考えられるからです。各々をきちんと区別し、じゃあミックスではどんな音が“いい音”なのか?を理解することが、ミキシングという作業の根幹になります。”良い音”についての大まかな基準は、3つに分けることが出来ます。

自然な意味での”良い音”

自然な物理現象としてのいい音になります。自然界における音、生楽器の生音がここに含まれます。滝の音、鈴虫の音。みんな自然な”良い音”です。

次に、オーディオとしての音です。つまり、電気的に再生、あるいは生成される音に関してであり、これは二種類の基準が含まれます。

  • 記録作品としての忠実度の高い、Hi-Fi(ハイファイ)な音。
  • 音響作品(またはその一部)としての創作、演出された音

 

後半の二つを混同しないことが最大のポイントかもしれません。

 創作、演出された音というのは、本来の音とはかけ離れてるから『再生』ではないけどカッコいいから良いじゃん!という音です。歪んだギターサウンドがその代表例。

 そして、音楽のジャンルごとに”良い音”は違うという点にも注意が必要になります。

 

いい音とは何ぞや!?音楽制作、オーディオにおけるサウンド論

“いい音”については、こちらの記事で詳しく書いています。

 

 Hi-Fidelity(より正確)な音かどうか?と、一番目の自然な音としての音質は、近いものがあります。なぜなら、Hi-Fiな音の目的は、本来の生音にいかに近づけるか?というものだからです。しかし、これから説明しますが、これには理想と現実があります。

 

オーディオの理想と現実

 ピュア・オーディオ的、原音至上主義的に言えば、元の音を忠実に録音し、それを変質させること無く、忠実に再生することこそが、オーディオというものの至上命題となります。

結論から言えば、それは技術的にもコスト的にもほぼ不可能です。

 

 空気振動を電気信号に変えて、それをデジタル信号に変えて、またそこから電気信号に変化して、スピーカーを振動させて、空気を振動させて・・・という風に音信号は伝達されていきますが、どんなに技術が上がっても、ロスがなくなることはないでしょう。

 そして、どれだけ良いオーディオで、そのロスが限りなく小さくなったとしても、例えば高価で高性能なオーディオを所有できる人間はどれだけいるのか?という話になりますし、もちろんそれを鳴らせる部屋が必要で、更にオーディエンスの幅は狭くなります。

 

 なので、一般的な普及という点から考えても、忠実なオーディオというのは、やはり限界があるものだとするのが妥当、現実的です。

 そして、別に忠実じゃなくてもカッコいい音なら良いじゃん!という考え方が、実は60年代以降ずっと優勢になり続けているのが現実であり、その結果が昨今のエレクトロ音楽の隆盛だと考えられます。電子音楽といっても、テクノからEDMまで様々なですが、どれも本質的にオーディオというシステムに沿った、オーディオに適した音楽形態であると言えます。

 

 限界のある原音再生に折り合いを付ける、ということが求められます。割り切ってオーディオとしての”良い音”を目指すことが大切だということです。

 

ステレオ・オーディオの限界

 衝撃の事実。ステレオ・オーディオには、たった2本のスピーカーしかありません。

 なにを当然のことを・・・と思うかもしれません。普段気にすることはありませんが、ここにこそ!ミックスにおける諸問題の原因があります。

 

 ステレオ・オーディオとは、二本のスピーカによって、左右の拡がり、空間感を再現する音響技術です。繰り返しますが、スピーカは二本しかありません。果たして、二本のスピーカで足りるでしょうか?(ちなみにサラウンド・オーディオに関しては、除外して考えています。)

 要するにステレオ・オーディオによって再現できる音響というのは擬似的なモノである、ということになります。やはり現実の音響とは違うのです。

 

 二つのスピーカから同じ音が出ているとして、同じ音量であれば、真ん中にあるように聴こえます。コレはファンタム・センターと呼ばれ、その名のとおり、“幻の中央”と言う意味で、人間の聴覚上の錯覚によって、真ん中に聴こえているだけです。真ん中にスピーカーは無いので、実際には真ん中で音は鳴ってはいなくて、それくらい実は曖昧なもの、ということです。

 つまり、左右の音量の違いによって、そのトラックがどの位置にあるか設定できる!というステレオ・オーディオにおける音の拡がりのコントロールになります。

 

 ただし、きちんとした音響の整った部屋、スタジオでステレオマイク録音をすれば、生の音響に近いサウンドにはなります。オーケストラなど生楽器の録音に関しては、そのような手法をベースにしているようです。(実際は個別のマイクの音も混ぜたりする。)

 特にマルチ録音においては、この部分は問題になります。各トラックがステレオ上の左右のどこで鳴っているかパンニングだけでは、リスナーの聴覚心理に与える空間感は弱いからです。つまり、より空間を感じさせるための音の調整、加工が必要ということになります。

 

mix ミックスにおける距離感とは何か?で、ミックスにおける空間感について詳しく書いています。

 

 スピーカーがたった、二本しかないことによって、マルチトラック・レコーディングの構造的問題と合わさり、音響的に良くないことを引き起こします。それがマルチトラックの弊害です。

 

マルチトラックの弊害

 マルチトラック・レコーディングとは、複数のトラックごとに録音、再生が出来るという画期的な発明であり、レコーディングのコストを下げるだけでなく、オーディオ作品造りにおける創意工夫にも大きな影響を与えました。しかし、マルチトラック・レコーディングというものは、構造的に音響的な問題を抱えています。それは音の入り口と出口が釣り合っていない、ということです。

 例えば、一般的なバンドなら少なくともヴォーカル、ギター二本、ベース、キーボード、ドラムという編成だと思います。さて、楽器というのは本来、それぞれスピーカーを持っているようなものです。生楽器はそれ自体がスピーカーの役割を持っているということです。

 

 人間であれば声帯が震え、口腔内などが共鳴し、歌声が響きます。ギターはアコギであれば、ボディそのものがスピーカーですし、エレキギターのアンプはかなりの大きさのモノがあり、パワーのある音がでます。ベースもしかり。生ピアノであれば、やはりボディそのものがスピーカーです(しかも音域も広い)。ドラムセットも各パーツごとにそうだと言えます。で、録音するためにそれぞれマイクを立てることになりますので、その結果、たくさんの音の入り口(Input)ができることになります。

 このように考えると、つまり基本的なバンド編成でさえ、そのバンドの音の入り口の数と、ステレオ・オーディオの音の出口の数の差が明らかに大きい、ということに気づきます。

一般的なバンド編成(少なくとも15chほど)>>> ステレオ・オーディオ(L-R, 2ch)

つまり、これが音の入出力数の不均衡問題です。

 

 つまり、仮にマイクが完璧に音を集音できるとしても、音の出口が2個しかないのなら、そのまま各トラックを再生して、まともな音になるわけが無いんです。なぜなら、音の出口が二個しかないから。

 もし、本当に忠実な再生をしたいのであれば、楽器そのものの周波数特性を再現した、実寸大のスピーカーを楽器の数ごと用意しなければいけません。現実的には可能かもしれませんが、それを出来るのはごく一部の人間だと思います。

 つまり、たった二本のスピーカーで再生するのにちょうどよいサウンドにするには、何らかの処理、加工が必要であると考えるのが、むしろ自然なのです。

 

様々な問題点をまとめる!

 以上、見てきたようにオーディオ、レコーディングにおいては様々な問題点があります。

  • オーディオの再生能力には限界がある。
  • マイクはあくまで集音道具。録った音はマイクを通した音。
  • スピーカーは二本しかないのなら、音再生能力には限界あり。
  • マルチトラックはコスパがいいだけで、音響的には問題あり。
  • “良い音”とは様々である。

 ということであり、ここまではっきりさせると、逆にプロセッサーでガンガン音を作らざるをえないじゃん!という風にすら思えます。

 良いマイク買えば音良くなるかも・・・良いプラグイン買えば良い音になるかも・・・

 そうではなく、主体性をもって判断して、自分の手で“良い音”にする必要があるということになります。それこそがミックスという作業の目的にもなるわけです。

 

オーディオとしてのいい音にする!

 ミックス時において何も加工されてない、録音されたままの音というのは、実際は楽器から出た音をマイクで集音し、電気信号に変換し、それをプリアンプで増幅したものを、A/Dコンバータによって、デジタル信号化したものをHDD,SDDに記録したものを更に読み込んで、DAW上で再生した音にすぎないということです。すごく長いですが。

 つまり、例えばギターであるなら、それはギターの音そのものではなく『ギターをマイクで集音し、(略)再生した音』であり、ギターそのものの音ではありません。

 

 しかも、鳴らされている空間と言うのは、ステレオ・オーディオという一種の仮想空間であり、出口は二つしかないわけです。現実の空間ではなく、オーディオの中に入れられたわけです。

 つまり、オーディオの中で、いい音のギターにするには、何らかの手を加えなければいけない、ということに気づくと思います。そして、さらにミックス内におけるコンテキストというものも、音作りにおいて、考慮しなければいけません。つまりは、その曲にとって、ふさわしいカッコいい音とは何か?という非常に恣意的な判断が求められます。

 上記事はミックスによって、処理の仕方や量が変わるのはなぜ?ということについて解説した記事ですが、要するに、ミックスにおける様々なサウンド造りはアレンジやその楽器、サウンドに任せられる役割に依存するから、ということになります。

 楽曲、その音楽スタイルが持つコンテキストに沿って、かつそのミックスの中で担う役割に適した音、他トラックときちんと調和する音こそが、そこでの“良い音”になるわけで、そうなるように調整、加工する、ということが各トラックおけるプロセッシングになります。

 

まとめ!自分のサウンドを!

 やりすぎるな!ということはいろんなミックス指南書に書いてあったり、あるいはエンジニアの方が直接おっしゃってたりします。つまりは、客観的な基準というものを学んだ上で、それに沿ったサウンドを基本にしろ、ということですよね。客観的な判断、処理というのも勿論大事です。

 コンプやEQは客観的な判断基準に基づいて、音を調整するための道具というのが基本です。そして、なぜ使うかと言えば、構造的な問題を解決するため、という説明をこれまでしてきました。

 そして、客観的な判断だけでなく、主観的な判断も当然重要だという事です。それは音楽というものの性質ですよね、カッコいいことが大事でカッコよさとは恣意的なものだから。自分がカッコいいと思える音を目指すべきなんだと。そこは誰でもない自分が決断しなければいけません。

妥協も大切だけど、その中で最善を尽くす!

 コレを書いている時点では、不完全ながらそうした、自分らしいサウンドを持ったMIXが出来るようになりつつあります。長い時間が掛かりました。今回はミックス・エンジニアリングとは何か?ということについても、関わる内容になりました。長文お読みいただき、ありがとうございます!

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください