なぜイコライザーやコンプレッサーを使うのか?その必要性の根底にあるもの。

 イコライザーコンプはMixにおいて無くてはならないエフェクタ(プロセッサー)であると同時に、使いすぎてはいけない、良くないもののように言われます。コンプに関しては、麻薬に例えられることすらあります。では、そもそも何故そんな悪いもの、音を捻じ曲げてしまうようなもの(だとして)を使わなければいけないのか?という根本的な疑問が出てきます。

なぜ使うのか?その理由とは・・・

オーディオの再生能力の限界
マルチトラック録音の弊害
ミックスにおける『いい音』に

以下、詳しく説明していきます。


ベースにおけるイコライザーの必要性についてという記事も作成しました。ベースで低音を削る!?しかし、きちんと低音を鳴らすためのテクニックだったりします。こちらもぜひ!


  ※本記事は総合的、かつ集大成的内容でかなり長いです(6000文字超)。しかし、なぜミックスという作業が必要か?という本質について、根本的な部分からまとめていますのでぜひ!

イコライザーとコンプとは

 イコライザーは周波数(Frequency)を選択し、その帯域の音量を変えるもの。コンプレッサーは音量の強弱の幅を圧縮し、ゲインを上げることで音圧を得るためのものです。(コンプについてのより詳しい解説はコンプの持つ5つの役割についてを参照)

 イコライザーはEqual(イコール)の名の通り、元々はアナログ録音によって形質変化してしまう音を本来の楽器の音に近づける、元に戻すための機器でした。それが転じて、音質そのものを変化させるための機材になったわけです。

 コンプは音量をそろえる、音圧(聴感上の音量)を稼ぐためのエフェクターです。音圧に関する競争はラウドネス・ウォーと呼ばれますが、それはアナログオーディオ時代からありました。つまり、デカイ音=良い音というのが人間の聴覚心理上にあるので、音をより大きくするためには重要な道具でした。

 やはり、どちらもオーディオ、ミックスの歴史において、必要だったからこそ生まれたモノであり、問題を解決するための道具だということは間違いありません。

何にでも副作用はある!

どんな薬にも多かれ少なかれ副作用があるといいます。

 音は複数の波形が重なりあって構成されています。なので、イコライザーでその一部を動かすと波形が崩れ、音が変質してしまうという群遅延という副作用があります。コンプレッサーで言えば、潰しすぎると音が引っ込む、パンチ感(音のメリハリ、ぐらいの意味)が無くなる、というものがあります。

 これらはミックス上の注意点として強調されますし、多くの人はこれにビビリすぎて、掛けなさ無すぎて、使う意味が無いぐらいの効果しか得られず、その結果、音がショボイ・・・みたいなことになってしまいがちです。後で説明しますが良い音になれば、それでいいんです。

 さらに、最近は改善されているとはいえ、どんなプラグインでも使えば音に影響を与えます。だからなるべく使わない、少ない方が良いという風に言われます。

 しかし、録音をきちんとすれば使う必要はまったくない!とまでいってしまうと言いすぎです。これから説明しますが、要は多くの問題に対抗するために各種プロセッサー、エフェクターはあります。使わないで済むなら、確かにその方がいいでしょう。

 ただし、使わなければいけないのなら、副作用があろうが使う!ということが基本になります。じゃあ、なぜ使わなければいけないのか?ということについての原因について探っていきたいと思います。

良い音もいろいろ

 良い音というものをどう解釈が問題になりますので、先にそこを確認します。

 というのも、いろんな意味での良い音が考えられるからです。各々をきちんと区別し、じゃあミックスではどんな音が良い音なのか?を理解することが、ミキシングという作業の根幹になります。良い音についての大まかな基準は、3つに分けることが出来ます。

自然な意味での良い音

 一つ目は自然な物理現象としての良い音になります。音は空気の振動です。自然界における音、生楽器の生音がここに含まれます。滝の音、鈴虫の音、ヴァイオリンの名器の音。みんな自然な良い音です。

オーディオとしての音

 次にオーディオとしての音、スピーカーから出てくる音です。つまり、電気的に再生、あるいは生成される音に関してであり、これは二種類の良い音が含まれます。

  • 記録作品としてクリアな音
  • 音響作品としての創作された音

これらを混同しないことが最大のポイントかもしれません。

 創作、演出された音というのは、本来の音や自然な音とはかけ離れてるから『再生』ではないけどカッコいいから良いじゃん!というような音です。歪んだギターサウンドなどがその代表例。そもそも今更、エレキギターの歪んだ音を不自然と言う人はいませんが。

 そして、音楽のジャンルごとに良い音は異なるという点にも注意が必要になります。

いい音とは何ぞや!?音楽制作、オーディオにおけるサウンド論

いい音については、こちらの記事で詳しく書いています。

 Hi-Fidelity(より正確)な音かどうか?と、自然な音としての音質は、近いものがあります。なぜなら、Hi-Fiなサウンドの目的は、本来の生音にいかに近づけるか?というものだからです。しかし、これから説明しますが、これには理想と現実があります。

オーディオの理想と現実

 ピュア・オーディオ的、原音至上主義的に言えば、元の音を忠実に録音し、それを変質させること無く、忠実に再生することこそが、オーディオというものの至上命題となります。

結論から言えば、それは技術的にもコスト的にもほぼ不可能です。

 空気振動を電気信号に変えて、それをデジタル信号に変えて、またそこから電気信号に変化して、スピーカーを振動させて、空気を振動させて・・・という風に音信号は伝達されていきますが、どんなに技術が上がっても、この経路におけるロスがなくなることはないでしょう。

 そして、どれだけ良いオーディオで、そのロスが限りなく小さくなったとしても、例えばそんなに高価で高性能なオーディオを所有できる人間はどれだけいるのか?という話になります。そして、それを鳴らしきることのできる部屋が必要で、更にオーディエンスの幅は狭くなります。

 なので、一般的な普及という点から考えても、忠実なオーディオというのは、やはり限界があるものだとするのが妥当、現実的です。

 そして、別に忠実じゃなくてもカッコいい音なら良いじゃん!という考え方が、実は60年代以降ずっと優勢になり続けているのが現実であり、その結果が昨今のエレクトロ音楽の隆盛だと考えられます。電子音楽といっても、テクノからEDMまで様々なですが、どれも本質的にオーディオというシステムに沿った、オーディオに適した音楽形態であると言えます。なぜなら、オーディオというシステムそのものから生まれてきた音楽形態であるからです。

 つまり、特に生音に関しては、限界のある原音再生に折り合いを付けるということが求められます。割り切って、オーディオとしての良い音を目指すことが大切だということです。そのために必要なのが、イコライザーやコンプといった道具になります。

ステレオ・オーディオの限界

 衝撃の事実。ステレオ・オーディオには、たった2本のスピーカーしかありません。なにを当然のことを・・・と思うかもしれません。普段気にすることはありませんが、ここにこそ、ミックスにおける諸問題の原因があります。

 ステレオ・オーディオとは、二本のスピーカによって、左右の拡がり、空間感を再現する音響技術です。繰り返しますが、スピーカは二本しかありません。果たして、二本のスピーカで足りるでしょうか?(ちなみにサラウンド・オーディオに関しては、この記事では除外して考えています)

 要するにステレオ・オーディオによって再現できる音響というのは擬似的なモノである、ということになります。やはり現実の音響とは違うのです。

 二つのスピーカから同じ音が出ているとして、同じ音量であれば、真ん中にあるように聴こえます。コレはファンタム・センター(Phantom Center)と呼ばれ、その名のとおり、幻の中央と言う意味です。人間の聴覚上の錯覚によって、真ん中にあるように聴こえています。真ん中にスピーカーは無いので、実際には真ん中で音は鳴ってはいなくて、それくらい実は曖昧なもの、ということです。

 左右の音量の違いによって、そのトラックがどの位置にあるか設定できる!というステレオ・オーディオにおける音の拡がり(左右)のコントロールになります。

 ただし、きちんとした音響の整った部屋、スタジオでステレオマイク録音をすれば、生の音響に近いサウンドにはなります。オーケストラなど生楽器の録音に関しては、そのような手法をベースにしています。(実際は数箇所に設置した複数のマイクの音も混ぜたりする。)

 特にマルチ録音においては、この部分は問題になります。各トラックがステレオ上の左右のどこで鳴っているかパンニングだけでは、リスナーの聴覚心理に与える空間感は弱いからです。人間は壁からの反射音などで空間感を感じ取ります。つまり、より空間を感じさせるための複合的な音の調整、加工が必要ということです。この後説明しますが、特に昨今のレコーディングではオンマイクで録音することが多い、ということも関係してきます。

mix ミックスにおける距離感とは何か?で、ミックスにおける空間感について詳しく書いています。

 スピーカーがたった二本しかないことと、マルチトラック・レコーディングの構造的問題と合わさり、音響的に良くないことを引き起こします。それがマルチトラックの弊害です。

マルチトラックの弊害

 マルチトラック・レコーディングとは、複数のトラックごとに録音、再生が出来るという画期的な発明であり、レコーディングのコストを下げるだけでなく、オーディオ作品造りにおける創意工夫にも大きな影響を与えました。しかし、マルチトラック・レコーディングというものは、構造的に音響的な問題を抱えています。それは音の入り口と出口が釣り合っていない、ということです。

 例えば、一般的なバンドなら少なくともヴォーカル、ギター二本、ベース、キーボード、ドラムという編成だと思います。さて、楽器というのは本来、それぞれスピーカーを持っています。生楽器はそれ自体がスピーカーの役割を持っているということです。

 人間であれば声帯が震え、口腔内などが共鳴し、歌声が響きます。ギターはアコギであれば、ボディそのものがスピーカーですし、エレキギターのアンプはかなりの大きさのモノがあり、パワーのある音がでます。ベースもしかり。生ピアノであれば、やはり鉄と木によるボディそのものがスピーカーです。ドラムセットもシンバル以外はまさに箱そのものです。で、録音するためにそれぞれマイクを立てることになりますので、その結果、たくさんの音の入り口(Input)ができることになります。

 このように考えると、つまり基本的なバンド編成でさえ、そのバンドの音の入り口の数と、ステレオ・オーディオの音の出口の数の差が明らかに大きい、ということに気づきます。

 一般的なバンド編成(少なくとも15chほど)>>> ステレオ・オーディオ(L-R, 2ch)

つまり、これが音の入出力数の不均衡問題です。

 つまり、仮にマイクが完璧に音を集音できるとしても、そもそも音の出口が2個しかないのなら、そのまま各トラックを再生して、まともな音になるわけが無いんです。なぜなら、音の出口が二個しかないから。

 つまり、本当に忠実な再生をしたいのであれば、楽器そのものの周波数特性を再現した、実寸大のスピーカーを楽器の数ごと用意しなければいけません。現実的には、そのような特製のオーディオシステムを作ることは可能かもしれません。しかし、それを出来るのはごく一部の人間でしょう。

 つまり、たった二本のスピーカーで再生するのにちょうどよいサウンドにするには、何らかの処理、加工が必要であると考えるのが、むしろ自然なのです。

様々な問題点をまとめる

 以上、見てきたようにオーディオ、レコーディングにおいては様々な問題点があります。

  • オーディオの再生能力には限界がある
  • マイクはあくまで集音道具。録った音はマイクを通した音
  • スピーカーは二本しかないのなら、音再生能力には限界あり
  • マルチトラックはコスパがいいだけで、音響的には問題あり
  • 良い音とは様々である

 ということであり、ここまではっきりさせると、逆にプロセッサーでガンガン音を作らざるを得ないと理解できます。問題と制限だらけです。

 なぜイコライザーが必要か。制限のある再生能力である二個のスピーカーで、複数のトラック同士を上手く再生できるように余分な部分をカットしたり、大事な部分をブーストして強調するため。コンプも音量の大小を表現できるスペースもトラックが増えるごとに減っていくから、そうした中で上手く音量をコントールするために必要、という風に説明することが出来ます。

 リバーブにしても、マルチトラック録音のためにオンマイクで録音しているから、リバーブ音を足して奥行きや空間感を出すためです。

 つまりは、これまで書いてきたようなオーディオとその制作方法であるマルチトラック・レコーディングの持つ限界への対処方法に他なりません。

 良いマイク買えば音良くなるかも・・・良いプラグイン買えば良い音になるかも・・・。

 それらは単に個々の問題に対する狭い解決法です。オーディオの根本的な問題点を克服し、良いサウンド、ミックスを作り上げる。そのために様々なツールがあり、しかしどこを目指して作業を進めればいいかを判断するには、総合的な視点が必要になります。

オーディオとしてのいい音に

 ミックス時において何も加工されてない、録音されたままの音というのは、実際は楽器から出た音をマイクで集音し、電気信号に変換し、それをプリアンプで増幅したものを、A/Dコンバータによって、デジタル信号化したものをHDD, SDDに記録したものを更に読み込んで、DAW上で再生した音にすぎないということです。すごく長いですが。

 つまり、例えばギターであるなら、それはギターの音そのものではなく『ギターをマイクで集音し、(略)再生した音』であり、ギターそのものの音ではありません。

 しかも、鳴らされている空間と言うのは、ステレオ・オーディオという一種の仮想空間であり、出口は二つしかないわけです。現実の空間ではなく、制限のあるオーディオの中に入れられた状態です。

 つまり、オーディオの中で、いい音のギターにするには、何らかの手を加えなければいけない、ということになります。そして、そもそも本来の音に近づける必要もなくて、それよりも良い音にすることすら出来るかもしれません。

 そうした応用的なミックスをするためにも、楽曲のコンテキストというものも、音作りにおいて、考慮しなければいけません。つまりは、その曲にとって、ふさわしいカッコいい音とは何か?ということについて、客観性と非常に恣意的な判断が求められます。

アコギで考える、ミックスごとの処理の違い

ミックスをする時に考えるべき11のコト

 上記事ではミックスごとの処理の仕方の違いはなぜ生まれるのか?ということについての考察です。まとめると、ミックスにおける様々なサウンド造りはアレンジやその楽器、サウンドに任せられる役割に依存するから、ということになります。だから、単なる決まったことを繰り返す作業ではないということです。

 楽曲、その音楽スタイルが持つコンテキストに沿って、かつそのミックスの中で担う役割に適した音、他トラックときちんと調和する音こそが、そこでの良い音になるわけで、そうなるように調整、加工する、ということが各トラックおけるプロセッシング、ミックスになります。

まとめ!自分のサウンドを!

 やりすぎるな!ということは多くのミックス指南書に書いてあったり、あるいはエンジニアの方が直接おっしゃってたりします。つまりは、客観的な基準というものを学んだ上で、それに沿ったサウンドを基本にしろ、ということですよね。客観的な判断、処理というのも勿論大事です。

 コンプやEQは客観的な判断基準に基づいて、音を調整するための道具というのが基本です。そして、なぜ使うかと言えば、構造的な問題を解決するため、という説明をこれまでしてきました。結局は、状況やその曲によりけりですが、本記事で書いたようなそもそも論を意識できれば、客観的な判断の基準になるはずです。

 そして、客観的な判断だけでなく、主観的な判断も当然重要だということにも気をつけないといけません。それは音楽というものの性質ですよね、カッコいいことがなにより大事で、カッコよさとは恣意的なものだから。自分がカッコいいと思える音を目指すべきなんだと。そこは誰でもない自分が決断しなければいけません。

妥協も大切だけど、その中で最善を尽くす!

 長くなりましたが、今回はミックス・エンジニアリングとは何か?ということについても関わる内容になりました。長文お読みいただき、ありがとうございます!

なぜイコライザーやコンプレッサーを使うのか?その必要性の根底にあるもの。」への4件のフィードバック

  1. のも 返信

    あなたは本当に情熱を持っている人だという事が、とてもよくわかります。
    私は音楽に感動して、大好きになって、自分もその世界に関わりたい、知りたいという思いで試行錯誤して、ギャップに苦しんで、投げ出したくなり、結果違う道を進みました。
    しかし、今自分の時間さえあれば、学べる、作る機会がある事に気付き、改めて一から学び始めました。
    これからも、為になるお話を書いてほしいです。とても励みになります。
    そして、いつか自分の作った音楽が聴いてもらえる事を目標に頑張ります。

    • miur-us 投稿者返信

      コメントありがとうございます!
      そのようなお褒めの言葉を頂いて、率直に嬉しいです!

      記事のテーマはそもそも何で使わざるを得ないか?という疑問から端を発していますが、
      このような理解を経て、実際のMIXで怖がらず確実な狙いを持ってEQとコンプがかけられるようになりました。

      これからも本サイトはリアルで実のあるコンテンツを発信していきます!

  2. 初心者 返信

    なぜミックスをするのか?
    楽曲のクオリティを上げたいから。良い音にしたいから。
    より良い音にするとはどういう事なのか?
    それらを深掘りする事なく、漠然とこうするものなのだ、と半ば暗記のような形でミックスをしてしまっていたような気がします。
    色んな本や記事を読みましたが、この記事のように確信にせまるものはありませんでした。
    最高です。

  3. パープル 返信

    疑問に思っていたので、助かりました!
    ありがとうございます。

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